相続税と贈与税の一体化~「生前贈与で節税」は過去の話になるのか

「格差是正」の御旗のもと財産課税の強化が取りざたされているようで、新聞雑誌でも頻繁に取り上げられています。

こんごの相続税と贈与税はどのように改正されるのか考えてみましょう。

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現行制度の問題点

令和3年度の税制改正大綱によりますと、資産移転の時期が多少ずれても相続税と贈与税の合計に差がつかない税制をつくることを目標に本格的に検討をしていくということのようです。

令和4年度の税制改正大綱では触れられませんでしたが、相続税と贈与税の一体化にむけての検討はすすめられているようです。

高齢化が進んで、相続により次世代への資産の移転の時期がどんどん高齢期になってきて、若年世代への資産移転が進んでいないことが問題だということです。

それから、現在の贈与税は相続税回避を防止するために、高い税率となっており、そのことで生前贈与をためらっている人が多いようです。

相続税回避防止のための贈与税の高い税率が、資産の世代間移転の足かせになっているということですね。

その半面、富裕層の分割贈与による相続税の負担を回避しようとする行為を完全に防ぐことは難しい状況にあります。

お金持ちほど有利な税制

たとえば、贈与税の暦年課税で、基礎控除を超えて贈与があった場合、その額が200万円までなら、贈与税の税率は10パーセントです。

これを10年間続ければ、贈与した人の財産を3,100万円減らすことができて、贈与税は200万円ですみます。

(ここでは、3年内贈与加算は考慮しませんが)この3100万円をもったまま贈与した人が亡くなり、その人の遺産の総額は2臆円だったとしましょう。

その人の相続人が子ひとりだけの場合相続税の基礎控除は3600万円ですので、1臆6400万円が課税の対象となります。

1臆6400万円にかかる相続税は4860万円。

もし、3100万円を生前に贈与していたら、課税対象が1臆3300万円となります。

1臆3300万円 にかかる相続税は3620万円。

その差額は1240万円になります。

200万円の贈与税の負担によって、1240万円の相続税の軽減になるわけです。

これは、相続税が超過累進税率のためで、課税対象が1億円を超えて2億円以下の部分の税率は40パーセント。

生前の贈与で、この高い税率の部分の財産を削って、贈与税の低い税率の部分で申告すれば、相続税と贈与税との税率の差額分だけの節税になるということですね。

相続税の最高税率は55パーセント。

つまり、財産が多ければ多いほど、暦年課税贈与の恩恵にあずかれるということです。

相続税法改正の動向について

資産を移転させるタイミングによりけりで、税負担に違いがあるようでは中立的、公平な税制とはいえないですよね。

諸外国においても、一定期間の生前の贈与税と相続税を一体的にとらえて税負担が一定の国もあることですし。

ですから、相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税しましょうと政府はお考えのようです。

平成15年に導入された「相続時精算課税制度」はその足掛かりだったということですかね。

政府の言い分としては、「富の再分配としての機能」を持つ相続税、贈与税が正常に働いておらず、公平・公正さに欠けているということなのでしょう。

相続税の「富の再分配としての機能」というのは確かにそうで、お金持ちから取り上げてそうでない人に配るというとみんなが賛成しそうな課税の理屈に聞こえます。

ですが、相続税の創設の理由は違うようです。

相続税が創設されたのはいまから100年以上も前の1905年で、理由は日露戦争の戦時費用の調達のためだったそうです。

戦費調達のための税法がどうして現在まで存続しているのか?

それは、ロシアが賠償金を支払わなかったからだそうで、その結果として相続税は現在まで恒久税目として存続しています。

ロシアが賠償金を踏み倒した結果が、今の我々のおしごとにつながっていると考えることもできますね。

支払わなければならないお金を踏み倒すのはよくないことですが、踏み倒してくれたことに感謝しなければいけませんね。

欧米の相続税、贈与税の課税状況について

それでは、諸外国の課税状況はどうなっているのでしょうか。

相続税がある主な国家は、米国、英国、ドイツ、フランスなどです。

カナダ、オーストラリアは1970年代に、ニュージーランドは1992年に、高福祉国家として知られるスウェーデンは2004年に、もともとあった相続税を廃止したそうです。

アジアをみてみると、中国、シンガポール、マレーシアなどにはそもそも相続税がありません。

では、相続税がある国家の課税のしくみはどうなっているのでしょうか。

財務省の資料によりますと、課税最低限と、相続開始時点の保有財産に上乗せされる生前贈与財産は概ね次のとおりです。(2021年現在)

課税最低限(概算の円換算額)相続開始時の財産に上乗せされる生前贈与財産
日本3600万円相続開始前3年間
米国12億円過去の贈与すべて
英国6000万円相続開始前7年間
ドイツ5400万円相続開始前10年間
フランス1350万円相続開始前15年間

米国は課税最低限が12臆円とちょっとぶっ飛んだ、超富裕層にのみ課税しますよという割り切りのようですね。

他の国は、日本の3600万円と似たり寄ったりといったところですね。

民法(相続法)と相続税法との相続財産の認識の差異について

ここで、民法上の被相続人の財産はどのように認識されるか確認しておきましょう。

【民法上の相続財産】=【相続開始時点での財産】+【特別受益】-【債務】

となります。

特別受益とは相続人が受けた生前贈与のことで、

  • 遺贈
  • (一般よりも高額な)学費
  • 住宅購入資金
  • 結婚の際の持参金

などが主な特別受益となります。

このうち学費について、以前は大学の学費はあたりまえに特別受益とされていたようです。

たとえば、三人兄弟のうち長男だけが大学に進学した場合、ほかの二人とは公平でないという理由からです。

ただ、近年は大学に進学するのがスタンダードとなっており、医学部のように特別高額な学費がかかる場合は別として、扶養義務の履行のためのお金と考えて、特別受益にカウントしないという判例もあるようです。

それでは、上記算式の【特別受益】は相続開始以前のいつ時点までのものを指すのでしょうか?

その答えは∞無限でした。

2019年7月1日の改正民法施行より前の相続については。

さすがに∞無限前からの贈与をすべて把握するのは現実的でないという配慮からでしょう、施工後は相続開始以前10年間となりました。

もうひとつ、注意すべき点があります。

民法上の【特別受益】財産の評価額についてです。

それは、生前に贈与があった時点の価額ではなくて、相続開始時点の時価が採用されるということです。

たとえば、株価が低迷していた時期に上場株式の贈与【特別受益】があり、株価高騰のおりに相続が開始した場合もらった株自体はおなじでも評価がまったく変わってくるということになります。

なお、贈与をうけた相続人がその上場株式を相続開始までに売ってしまいなくなっていたらどうなるのか?

売ったのは、贈与をうけた相続人のやったことなので、もしその株を売却していなかったらという仮定のもとで評価されることとなります。

【特別受益】の制度の趣旨が「同一の相続人間の公平の確保」であることを考えると納得ですよね。

つぎに、相続税法上の相続財産の認識についてです。

【相続税法上の相続財産】=【相続開始時点での財産】+【相続開始前3年間の暦年贈与財産】+【相続時精算課税制度適用の贈与財産】-【債務】

ここで、民法との違いを認識しておく必要があります。

この計算式の【相続開始前3年間の暦年贈与財産】も【相続時精算課税制度適用の贈与財産】 も財産の評価額は贈与をうけた時点の財産の評価額だということです。

相続税と贈与税が事実上一体化される

相続税と贈与税の一体化といっても、

「贈与税の暦年課税は廃止します。贈与税課税はすべて相続時精算課税に一本化します。」

というのは、あまりにも突飛なおはなしで、現実味が薄いと私自身は考えています。

大混乱に陥るでしょうから、いきなりそんなことはしない。

おそらくは、現行3年内贈与加算を、欧州諸国のように相続開始以前10年程度の贈与財産を相続財産とみなす方向になるでしょう。

それも、激変緩和のために1年とか2年づつ延長してゆくのではないでしょうか。

10年という数字はまったく根拠がない訳ではなく、金融機関の取引履歴の帳簿保存の年限がたいていの場合10年なのですね。

ですので、税務調査となった場合でも確認が可能な過去10年分の贈与財産をみなし相続財産としてしまうのが、現実的な相続税法改正ではないかと思います。

まとめ

昨年11月に税理士会の主催の資産税研修があり、資産税関係で高名な税理士先生が講師でした。

テーマのひとつは「評価通達6項の適用の可否について」の国税不服審判所の裁決事例でした。

評価通達6項とは、かんたんに言うと、現実の不動産の価額と相続税評価額に差がありすぎる場合、ほかの評価通達を無視してもいいよという最強のカード、伝家の宝刀のことです。

この裁決事例でも、「相続税の富の再分配としての機能」という文言が何度となくつかわれていました。

高名な先生曰く「ここのところ政府は課税を強化してきている」ということです。

今後、政府は生涯の総決算である相続に対する課税も強化してくるものと推測されます。

自分はまだ若いからと問題を先延ばしにしていないで、おはやめの相続対策の実行が円満な相続につながるものとわたしは考えています。

(記事は更新日現在の法令に基づいて作成しています。)