借地権の取引慣行のあるなしは何をもって判断するか~相続税の土地評価
◎ 記事の内容は、執筆時点の情報に基づいています。
◎ 執筆者 相続税理士 岡田隆行
この記事では「自分が所有している土地の周辺地域で、借地権の取引があったなんて聞いたことがない。」
だから借地権の取引慣行はないという判断から、「相続税の評価をするにあたり借地権の認識をしなくてよい」とは一概には言えませんということを確認することができます。
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借地権の定義について
”建物の所有を目的とする地上権又は賃借権”が評価通達上の借地権の定義です。
評価通達に定める借地権は、借地借家法に規定されている借地権を指します。
ですので、建物以外の工作物、構築物の所有を目的とする地上権や賃借権、定期借地権等は含まれません。
問題となるのは、財産評価基本通達27のただし書き部分です。
財産評価基本通達27 (借地権の評価)
借地権の価額は、その借地権の目的となっている宅地の自用地としての価額に、当該価額に対する借地権の売買実例価額、精通者意見価格、地代の額等を基として評定した借地権の価額の割合がおおむね同一と認められる地域ごとに国税局長の定める割合を乗じて計算した金額によって評価する。
ただし、借地権の設定に際しその設定の対価として通常権利金その他の一時金を支払うなど借地権の取引慣行があると認められる地域以外の地域にある借地権の価額は評価しない。
このただし書き部分だけを読むと、
借地権の設定時に権利金などの一時金を支払っていない地域の借地権は評価しなくていいんだねと思ってしまいますよね。
判断基準は → 路線価図または評価倍率表に借地権割合の表示があるかどうか
昔の職場(税務署)の先輩だった税理士先生からこのただし書き部分について追及されたことがあります。
先輩曰く
「土地を借りる時に権利金などの一時金を支払っているなんて、この評価対象の地域では聞いたことがない。この近所の人に聞いてみたがそんな一時金なんて払っていないと言っていた。だから、この地域の借地権は評価する必要はないのではないか。」
更に、「取引慣行があると認められる地域かどうかは、何を持って判断するのか。」
判断の基準となるのは毎年各国税局長が発表している「財産評価基準書」です。
この財産評価基準書に借地権の表記があれば、借地権の取引慣行がある地域と各国税局長が認めているということになります。
財産評価基準書のうち、まずは路線価図から見てみましょう。
道路に数字が入っています。これが路線価格です。単位は千円です。
下の例ですと、路線価格は55,000円という事になります。
そしてその数字の横のアルファベット、ここでは ”E” となっていますね。
これが、借地権割合を示す記号となります。
上の方にA~Gの表がありますね。
”E” の場合は、借地権割合50%ですよということになります。
次に、借地権割合の表記のない路線価図です。
この地域では、借地権の取引慣行がありませんよと国税局長が発表しているということになります。
次に、財産評価基準書のうちの評価倍率表を見てみましょう。
借地権割合の表記がある倍率表です。
借地権割合50%と表記されていますね。
次は、借地権割合の表記がない倍率表です。
借地権割合の欄が空欄になっていますね。
それでも先輩は
「いやいや、国税局長さんがそう発表していても、この地域では借地権は取引されていないという事実があるんだよ。そうお客さんに言われたら、ワシはどう説明したらいいんだ?」
先輩もなかなか手強いですね。
聞くと税務職員時代から借地権の問題が出てくる度にひっかかっていて、資産税の担当者と議論していたそうなのです。
それが、未だに自分の中では未消化になっている状態の様子です。
これは何とか消化できるように説明しなければいけませんね。
借地権の取引慣行の有無の判断基準について
国税不服審判所の裁決の事例で下のような内容のものがありました。【熊裁(諸)平16第5号】
納税者(被相続人の息子)の方の主張です。
父親が代表者である同族法人が持っている宅地の上に、父親が建物を建てていました。
息子が知合いの税理士から、この地域には借地権の取引慣行はないと聞いていました。
その土地の地代の額はその土地の固定資産税相当額でしたので、父親は地代を支払っていないタダ借り(使用貸借)同然でした。
父が死亡したので、息子は相続税の申告をしましたが、土地はタダ借り同然だったので父は自分が借地権を持っているという認識がありませんでした。
そこで借地権を財産として申告していませんでした。
審判所はこれに対して、下のような取引の実例を示して、これらの取引例がある地域については借地権の取引慣行があるんだよ、だからお父さんは借地権を持っていたんだから申告しなさいねと判断しています。
- 土地収用などの公共事業の際に、収用される宅地の賃借人に補償金が支払われている。
- 宅地の所有者が、その宅地の賃借人に底地価額相当額で宅地を売却している。
- 宅地の賃借人が、所有する建物を壊して宅地の所有者に借地権を返還する対価として借地権相当額を受取っている。
これらの例を示した上で、通達の文中の「借地権の設定に際しその設定の対価として通常権利金その他の一時金を支払うなど 」の部分は借地権の取引慣行のひとつを例示したもので借地権の設定時に一時金を支払う慣行のみをもって取引慣行の有無を判断しますという意味ではないと解釈しています。
公共工事の土地収用の際に土地を借りている人に補償金を支払うことは起こり得る話ですよね。
この事例の土地が収用にあった場合、宅地上の建物所有者である父親に対しては、建物そのものの価値に加えて、借地権相当額の補償がなされるものと思われます。
お父さんは、私は借地権を持っていないからと補償金を拒んだりはしないでしょう。
この事例で仮に、貸地人と借地人双方が個人である場合には、使用貸借通達により借地権価額は零となります。
この事例では、貸地人が法人です。法人は、事業によって利益を出すことを目的にしている法律上の人格です。法人がタダ貸し同然で土地を貸すといことは本来あり得ない訳です。
それが出来ていたのは、同族会社だからですよねということになります。なので、タダ貸しだから借地権なしという理屈は通らないということです。
まとめ
借地権の取引慣行があるかないかは、財産評価基準書で判断したほうがすっきりするということです。
「いや、うちの土地の地域では借地権の取引慣行はないんだ。」とおっしゃるかも知れません。それも事実なのだと思います。ただ、取引慣行の有無を国と争ったとしても、その地域に取引慣行が”ないこと”を立証するのは、その地域の土地取引をすべて調査することが現実的ではなく、非常に難しいですよね。
反対に国の側からすると、”ある”という事例を示すことは容易にできると想像できます。
財産評価基準書に借地権の表記があったら、それはそれで素直に受け入れて、それを前提に評価をして相続税の申告をするなり、対策をするなりの対応していくことをおすすめします。
この説明で先輩にご理解いただけて、先輩のひっかかりがなくなりますように。
【相続税専門】税理士 岡田隆行
国税局・税務署での32年間の資産税(相続税・贈与税)事務の経験を活かし、相続税に関する困りごとの解消に尽力します。
事務所は高松市国分寺町、趣味は料理とバイクです。
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